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シリーズ累計150万人が愛用 「超」整理手帳15年の軌跡

1995年の発売以来、多くのユーザーに愛されている「超」整理手帳。長財布のような縦長の形状、ジャバラ式に広がるスケジュール・シート……、ほかの手帳とは一線を画す「超」整理手帳はどのようにして誕生したのか? その歴史をご紹介します。



1994年に野口悠紀雄が自作した「超」整理手帳のプロトタイプ。「超」整理手帳はここから生まれた。


最近ではホワイトハウス・コックスの皮カバーを使用している野口悠紀雄。よく使い込まれ、味のある風合いに。

理想の手帳をカタチに

1994年、野口悠紀雄著のベストセラー『「超」整理法』を読んだ当時の『月刊アスキー』編集長が、今までにない新しい手帳の開発を野口悠紀雄に打診。従来の手帳に大きな不満を抱いていた野口悠紀雄は、『「超」整理法』の理念を実現できる理想の手帳をつくるべく、開発に向けて動き出した。

もちろん、当初から現在のコンセプトがあったわけではなかった。野口悠紀雄が最初につくった試作品は、厚紙のフォルダにA4のコピー用紙をセロハンテープでつなげたもの。それをつなげること、なんと53週分(1年分)。これによって「時間が見える」威力を実感し、「一覧性」が基本コンセプトとなる。

今はおなじみとなっている縦長の形状は、企画段階では「大きすぎる」という意見が多かった。また、スケジュール・シートは当初、ジャバラ形式の他に「地図のように折りたたむ」形式も検討されていたという。「一風変わった手帳がユーザーに受け入れられるか」という大きな不安を抱えながらも、一度使ってもらえれば「一覧性」「A4対応」のコンセプトは必ず理解されるという確信があった。

固定観念にとらわれず、さまざまな試行錯誤を繰り返した結果、ついに「超」整理手帳が誕生。発売後間もなく多くの新聞や雑誌で取り上げられ、ユーザーからも大きな反響を受けた。


進化を続ける手帳

発売当初から「A4対応」「ジャバラ式」という基本コンセプトは不変だが、多くの進化を繰り返してきた。
例えば「週間メモ欄」は、2004版までスケジュール・シートの一番下にあったが、「重要な事をメモするスペースは上にあったほうがいい」という意見から、現在のように一番上に移動。また、土日はウィークデーより記入欄の面積を狭くしていたのだが、土日も働く人や休日のスケジューリングをしたいという声が多かったため、月曜から日曜まで記入欄の面積を変えない現在の様式に。
「六曜」は一度掲載をやめたが「ビジネスシーンでは欠かせないので復活して欲しい」というユーザーからの声を受けて再度採用。ユーザーの声にいち早く対応していくのも「超」整理手帳の魅力のひとつ。2010年版では要望のあったA5版を商品化。さらに、ユーザーがカスタマイズして使用していたシートである、バーディカル版のスケジュール・シートも商品化した。
また、サイトにアクセスすればいつでも無料でリフィルをダウンロードできるサービスは、ほかの手帳にはないため人気を博している。 18年経ったいまも、「超」整理手帳は時代の変化やユーザーの要望に応えて成長を続けている――。


2002年版(左)と2010年版(中)、2012年版(右)のスケジュール・シート。10年間でさまざまな変更が加えられた


「超」整理手帳はユーザー同士の情報交換が活発。毎回多くのユーザーが参加するオフ会では、新たな使い方が生み出されている。

「超」整理手帳考案者 野口悠紀雄ってどんな人?

野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年京生まれ。東京大学工学部卒業後、大蔵省へ入省。橋大学教授、東京大学教授、米スタンフォード大学教授などを経て、現在は早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問、一橋大学名誉教授。経済学を中心に幅広い分野の著書がある。近著に『「超」説得法 一撃で仕留めよ』(講談社)『虚構のアベノミクス――株価は上がったが、給料は上がらない』(ダイヤモンド社)など。


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